
2025年春以降、日系自動車メーカーが中国新エネルギー自動車(NEV)市場で新型車を続々投入するなか、モデルによって明暗が鮮明になってきています。特に、トヨタの bZ3X (中国名:铂智3X)と日産の N7 が比較的好調な立ち上がりを見せる一方、ホンダの P7 (及び姉妹モデル S7)は想定を下回る展開となっています。なぜ売れているか、なぜ売れていないか、成敗の要因を分析してみました。
トヨタbZ3X (中国名:铂智3X)
bZ3Xは、広汽トヨタが2025年3月に、中国市場に投入した新型電気SUVです。市場からの注目は予想を大幅に上回り、発売 1時間で 1万台を超える注文を獲得しました。月間販売台数は 5,000台以上を維持し、8月に 7,253台、9月に 9,017台、発売半年で累計 4.6万台を突破しました。
中国市場でのエントリープライスを強く意識して11〜16万元の低価格帯での存在感を打ち出し、「低価格+先進機能+トヨタ品質」で強く訴求しました。初めてのBEV購入層/価格に敏感だが実用性を重視するファミリー層/若年カップル層はターゲット顧客層と推測しています。
中国での合弁会社である広汽トヨタ社は、BYDと共同開発し、Momenta社の先進ADASを採用しています。

日産N7
N7は、東風日産社が2025年4月に、中国市場に投入したミッドサイズの電気セダン車です。わずか1ヵ月で受注台数17,215台を突破し、非常に良いスタートを切りました。8月に 10,148台、9月に 6,410台(生産調整の可能性がある)、累計 3万台以上の注文を獲得しました。
洗練された内外装デザイン、充実した快適装備(マッサージシートや冷温蔵庫など)、中国系メーカーの同クラスEVと直接競合する価格帯(12〜15万元)で、コストパフォーマンス型と快適性型を両立させました。初めてのBEV購入層/都市部の若いファミリー層は、メインターゲットと推測します。
Momenta社と共同開発した高度な運転支援技術「Navigate on Autopilot」を搭載されています。

ホンダP7/S7
広汽ホンダは2024年6月に新型EV「烨(イェ)シリーズ」を発表し、2025年4月に電気SUVのP7およびS7(東風ホンダ)の販売を開始しました。元々シリーズ名称に「烨」との漢字を使い、「明るく光り輝く」という意味を込めたとされていますが、2024年年末からこの漢字の代わりに「Honda P7」「Honda S7」を使用するようになりました。このシリーズ名「烨」に対して中国国内のメディアでは「難読漢字」「ブランド名として受け入れにくい」との批判が出ていたことが回避の原因だと推測しています。
もう少し詳しく説明すると、「烨(発音は yè イェ)」という漢字は、字面としてはポジティブな意味合いも持ちますが、火と華=燃える/焼けるイメージを想起させることがあり、漢字の「火」と「华」は「huǒ huà(火化=火葬)」と発音が近く、「火葬」「燃焼」「消滅」といったことを連想する人も一定数いると考えられます。SNS上では、シリーズ発表当時から電気自動車に「烨」のシリーズ名に対して「不吉利(縁起が良くない)」といったコメントも散見され、マイナスイメージが大きかったと言えます。
P7には大容量バッテリーを搭載し、高出力仕様、プレミアム価格帯でワンランク上のミドル〜アッパーミドル層をターゲットとしましたが、市場から受け入れられなかったようです。P7とS7は4月から定価の26万元から20万元に大幅な値下げを行いましたが、P7は5月 142台、6月 166台、7月 200台、8月 253台、S7は5月〜8月 100台以下、2車種とも非常に低い販売水準で推移してきています。

トヨタ bZ3X / 日産 N7 ― 好調の原因分析
◼︎ 戦略的な価格設定と高いコストパフォーマンス
- 戦略的な価格設定:bZ3X・N7は「エントリーモデル」としての価格レンジを明確に設定し、中国消費者が最初のEV車として選びやすい敷居を下げた。ローカル生産や部品共用、地元パートナーとのコスト最適化によって低価格が実現できた。
- 高いコストパフォーマンス:低価格でもCLTC基準で 500〜600 km など、都市・近郊利用だけでなく週末の遠出にも耐える実用レンジを確保し、「価格に見合う価値」を消費者に訴求している。
◼︎ デザイン・インテリア・スマート機能の搭載
- デザイン・インテリア:先進的なデザインとインテリアの質感を重視し、後席の居住性、収納、シート、パノラマルーフなど、同価格帯の中国系主力車種に全く遜色ない。今までのやや古い日系ブランドのイメージを「スマート&先進的」のイメージへ一新することができた。
- スマート機能:大型ディスプレイ、連携アプリ、音声UI、OTA対応、基本的な運転支援(L2+)を標準または選べる形にし、中国消費者の「スマートカー」への期待に応えている。
◼︎ 現地会社とのパートナーシップ
- 合弁/現地提携の活用:bZ3Xは広汽トヨタの中国チーム、N7は東風日産の中国国内のチームが主体となり、中国ローカル会社との共同開発体制で開発した。現地パートナーと協働することで、現地調達比率を上げ、価格と納期の両面で有利に働く。
- チャネルの最適化:ディーラーとオンライン直販のハイブリッドで、予約から納車まで、買い手の購買導線を短縮する新たな取り組みを試みた。
◼︎ 充実なアフターサポート
- アフターサポート:トヨタはバッテリー・EV車に対して品質保証を重視しており、「バッテリー長期保証」・「残存価値保証」・「定期点検保証」などの保証を提供している。特にBEVの炎上事故が多発している中国で、トヨタは今までどのメーカーもやっていない「BEVの燃焼事故に新車賠償」との保証を率先に打ち出し、中国で大きな話題になり、注目を集めた。
ホンダ P7 ― 不調の原因分析
◼︎ シリーズの命名ミス
- 命名ミスでイメージダウン:縁起のよくない漢字をシリーズに命名し、滑り出しが悪く、商品シリーズのイメージおよび期待感を大きく損ない、客足が遠のいてしまった。
◼︎ 価格と価値のミスマッチ
- 割高感:P7の価格帯は競合多数のミドル〜アッパーミドルのレンジに位置し、価格に見合う「独自の強み」が明確ではない。結果として、価格競争力に欠けると見られる。
- 提供価値の不明確:品質や信頼性は日本車の強みだが、中国消費者の当面の意思決定は「価格×スマート機能×航続レンジ」となり、P7はどれもトップレベルでない。中国消費者の選択肢になりにくい。
◼︎ 機能/テクノロジーの競争力不足
- 先進機能の搭載不足:NOA相当の運転支援、インフォテインメント機能、OTAの充実度など、同価格帯の他社製品に遅れがあると感じられる。特に、AIアシスタントやデジタルサイドミラーは不評。
- 差別化要素の不足:プレミアム価格帯を目指しながら、プレミアムカーに求められている機能は搭載されていない。コスト優位性もなく、中途半端なポジションになってしまった。機能および価格のどちらも差別化ができていない。エンブレムデザインを変更したが、中国の若年層からは「昔ながらのホンダ」という印象が変わらなかった。
日本メーカーへの示唆
中国の自動車消費は、「ハードの性能」から「スマートな体験」へとニーズが変わってきています。航続距離や馬力といったスペックよりも、デジタルUI・UXやAI音声操作、スマホアプリとの連携、自動運転など、日常生活の中での「スマート機能」が重要視されてきました。
さらに、国産ブランド(BYD・小米・理想など)がこの分野で急速に存在感を高めており、「外資ブランド=安心」というイメージは崩れつつあります。
「日本品質」や「信頼性」といった従来の強みは、中国市場ではすでに前提条件にすぎません。今後求められるのは、ソフトウェア主導の価値設計――すなわち、デジタルUX、データ活用、OTA(無線アップデート)などを軸にした体験型の競争になります。
中国市場で勝ち抜くには、現地開発主導のスピードと、ブランド世界観を再定義する発信力が不可欠であり、トヨタ・日産が示した「安心×先進」の組み合わせが、一つの成功モデルと言えるでしょう。
弊社は、中国消費者の嗜好変化や市場構造の転換を継続的に調査しており、こうしたデータに基づく「現地適合型商品戦略」の策定支援を行っています。中国の様々な産業動向についてもっと知りたい場合、下記問い合わせページよりお気軽にお問い合わせください。